スイス視察研修に参加して

 スイス。アジアの東方にある我が日本国から遥か遠く離れたこの国に、日本にはない何かがあることを事前研修で十分に学んで現地に赴いたはずであったが、やはり百聞は一見にしかず、自分の五感で感じることのできたスイスは素晴らしく、またかなり考えさせられるものがあった。

 まず、その自然の雄大さ、都市の美しさには圧倒されずにはいられなかった。ラウターブルネンからミューレンで見たベルナーアルプス、クライネシャイデックからアルピグレンへ向けて歩いたときのすばらしい景色は筆舌に尽くしがたい。そしてルツェルンやベルン、チューリッヒなどの中世の歴史を感じさせる建物や街並みは、まるで自分が別の時代に迷い込んだような錯覚を覚えるかのようであった。また、自然や歴史に対するスイス(ヨーロッパ)の考え、自己の責任についての考えには驚くとともに現在の日本のあり方について、「これでいいのか」と問いかけられるようであった。

 かつて、このすばらしい景観を誇るスイスの自然は、農業による汚染と生活排水により瀕死の状態にあったと聞いた。しかし、長年の住民の努力により見事に復活を果たし、さらにそれでよしとせずより一層の努力が続けられているのである。自然を守るとはどういうことなのか、誰のために、何のために守らなければならないのか、そのためには何をなすべきかが明確にされており、かつそれが実践されている。それが普及率98%にもなる下水道や、自然保護区域の設定、農業における無肥料無農薬地帯の段階的設置、ビオトープの設置など、具体的な方法で実施されているのである。自然を過度に侵すことなく、人間も生態系を構成する自然の一員であるかのようなつつましさを感じた。食物連鎖のピラミッド、生態系を維持するには、もっとも底辺の生物が生育可能な環境がなければならない。そのためには森林においても河川においても公園においても、単調な作りではなく、境界面での変化を十分に持たせている。変化点を多く用意しているのである。森林においては単一種同一樹齢のものばかり植えない。河川は排水能力優先だけの単純な断面としない。流れを自然に変え、瀬、渕、淀みを作る。森林と草原との境界、道路との境界、河川と陸地の境界で環境を不連続に変えるのではなく、緩衝地帯をもうけて緩やかに変化させる。ただ見かけだけ自然の形に戻すのではなく、そこにあった生態系も含めた形を守ること。これがスイスにおける近自然工法の考え方なのである。

 歴史においてもスイスには不連続な点は存在しない。都市においても地方においても、過去の歴史がその街並みや生活に生きている。ただ便利さを追求するために古いものをやみくもに取り壊すのではなく、過去数百年も前に建てられた建物が今も生活の場として使われているし、新しい建築物も周囲の景観に配慮し、同じような外観を持つものか極端に違わないものに統一されている。チューリッヒの旧市街では西暦1200〜1500年に建てられた建物があちこちに残り、改装をしながら現在も商店、住宅として利用されている。建物だけでなく、道路、広場、公園も古きヨーロッパの佇まいを十分に残している。方や日本では、古き建物は神社仏閣の類もしくは観光地でしか残っておらず、街並みに時代の面影は残っていない。木造家屋と石造りの建物の耐久力の差もあり、第二次大戦で日本の都市のほとんどが空襲を受け焼失したことなどを考慮したいが、地方においても歴史を感じさせるものがほとんど残っていないことも事実である。確かに江戸時代末期から明治時代には近代化を急ぐ必要があっただろうが、物質的にも精神的にも昔の良いところを忘れてしまっている。経済万能主義、利益主導型の構造が環境や人間の心などあちこちに弊害を生み出しているのではないか。過去は全て水に流すのが日本流のやり方なのか。

 また、個人の自覚がそれだけきちっとしているのか、責任を持たされているのか、必要なことは自分が自分の責任でする社会である。鉄道には駅の改札もないし、発車のベルもアナウンスもない。ドアも自分で開けて乗り降りする。信号のない横断歩道は歩行者を優先させる。それでいて大したトラブルはない。他人の迷惑になることはしない「公共性」「マナー」の意識は発達している。森林とかに廃棄物の不法投棄はない、空き缶やゴミのポイ捨てはほとんどない。それらには強力な規制や法律もあるだろうが、リサイクルの徹底と環境保護の観点でそういうことをするのには大きな抵抗があるのではないか。日本では都市部のみならず地方のどんな田舎でも空き缶等のゴミはあらゆるところにあるし、一歩入った山林には必ず不法投棄がしてある。自分だけならかまわないのか、見つからなければいいのか。日本における個人とは何なのか。変な個人意識、自由意識が横行し、人に迷惑をかけてでも好き勝手なことをするのが自由なのだろうか。それが自ら勝ち取った自由でなく、与えられたものだからか。


 研修中に我々研修団員の中で「日本とは全然違う」「農業の形態が違うから難しい」「人間の考え方が違う」というある面では悲観的な会話がされることもあったが、「少しずつでいいから、なにか一つから始めよう」「考え方を変えていこう」「何をやるにしてもやはり基本となる、柱となる理念が必要」の意見が最後には出てきた。近自然工法にせよ何にせよ、いきなりスイスのレベルまでもって行くことは技術的にも住民の理解の上でも不可能であろうが、底辺に流れる思想、理念は少しずつでいいから小出しにしていけばやがて分かってもらえるのではないだろうか。研修団員の大野見村の吉岡さんが言ったことに、「最初大野見に木の香る道づくりを導入し、工事を始めたときには、住民からは冷笑されているかのようだったが、2年3年経ち、ポット苗の樹木が自然林と変わらぬ程度になってきたら好意的なものに変わっていった。」ということがあった。いきなり大きなことは出来るはずもないし、そんなことを計画しても変人扱いされるか猛反発を食らうことは必至である。しかし、例えば災害復旧工事で護岸の前に石を一つ並べるようなこと、道路改良工事で木を一本植えるようなことから少しづつ始めていけば、やがて大きなことも出来るようになるであろう。

 それにもまして、自分達が上意下達方式の行政機構を批判しながら仕事をしているが、今まで道路改良工事などで路線計画や工法に地元住民の意見を十分吸い上げたことはあっただろうか。住民と十分な議論が出来ていたのか。もちろん改良について地元要望はあっただろうが、ただ予算消化のための一方的な押しつけ工事になってはいなかっただろうか。計画段階からある程度住民の参画を得て、土地を知る人間の意見や要望を十分に組み入れた公共工事が行えるような行政と住民の関係が成り立てば、真の地方自治にもつながっていくのではないかと考える。十分に時間をかけて話し合える財政的、精神的ゆとりも必要だろう。


 明治維新から100年以上経ち、日本も近代的な民主国家であるといわれ、先進国の仲間入りをしているようであるが、本当にそうなのか。いまだに住民も行政も江戸時代の「お上」の意識から抜け出せていないのではないか。住民は行政が手を下してくれるのを待ち、地方は中央から命令が下るのを待っている。中央は地方分権といいながら、監督のための既得権と財力とを手放そうとしない。いつまで経っても地方は中央の出先に過ぎず、住民は「行政サービス」を受ける「お客さん」になっている。「お上」意識を変えない限りは自覚と責任ある個人、本当に自治の行える地方はあり得ないのではないか。そのためにも、行政においても個人においても、建て前のスローガンばかりでなく、本当に存在の意義となりうる明確な思想、目的を持たなければならないと思う。

 スイスと日本を単純に比較し、優劣を決めることは出来ない。それぞれに国家成立の歴史があり、民族構成があり、気候、風土、地形的な要因の違いがあり、文化の違いもある。しかし、やはりスイスには学ぶべきものが多くあり、日本を問い直す格好の材料がある。今回の研修をただ行って帰ってきて終わりとするのではなく、今後の地域を考える上での参考としたいし、さらには人間のあり方などについても考え直す良い機会となった。さらには、自分と同じ体験をした、学習をした仲間を増やすことができれば幸いである。



Bauma−Sternenbergの河川と都市の河川について

 研修6日目に訪れたSternenbergは、Zurich州東部の山間過疎地である。BaumaからSternenbergに向けて、川沿いに山岳トレイルを上っていった。一見何の変哲もない自然な川であったが、実は山岳トレイルの整備とともに自然な形に付け替えたということである。自然の多い山間部に流れる川だからこそ、自然のままに残す、そして可能な限り床止め工落差工、山留め工、歩道橋などの構造物は木造のものを用い、見た目に優しいばかりか永続的な維持管理補修という作業を必要とし、農閑期の雇用の確保にも役立つのである。


 川沿いを歩く、自然を楽しむということとはどういうことか、何のためにするのか。このSternenbergの河川トレイル、山岳トレイルと似たものを(実は似て異なるものなのだろうが)大都市Zurichに見つけるとは思いもよらなかった。かつて暗渠であった河川を掘り返し、自然に近い形に復旧したWolfbachの森は、そこが大都市Zurichの真ん中にあるということを忘れさせてくれるような空間である。さすがに流れる水はSternenbergのそれにははるかに及ばなかったが、この環境が人工的に作られたことが嘘のようである。Shanzengrabenのタウントレイルにおいてもそうである。いわゆる都市のメインストリートの裏側、どちらかといえば汚れた、雑多な、見せたくない部分であろうし、実際過去には汚染されていて埋められる運命にあった河川が、見事にやすらぎの場として復活しているのである。そこでもただ単純に「見た目」だけの追求でなく、「生態系」の復活をめざした取り組みがされており、その成果として魚類や水鳥といった比較的食物連鎖の上位の生物までもが生息できる環境が大都市のど真ん中にある。


 都市の生活に疲れた市民達はひとときのやすらぎを求めてこのような森や道を散策するのか。そして都市にある作られた自然に飽きたりず、本物に触れたくなったときBauma-Sternenbergにあるような自然へ向かうのだろうか。そこにスイスにおける都市と地方の関わり方、役割分担が見えてくるし、地方あっての都市だから都市生活者は地方の環境を守るべく負担をするというやり方が生まれるのだろう。昨年、わが国でも早明浦ダムなどで異常渇水が起こり、節水が叫ばれるとともに、都市生活のあり方や水源となる山を守ろうという動きがあった。地方が廃れるとどういうことが起こるか、やっと気がつき始めたのかもしれない(喉元過ぎれば熱さ忘れたかもしれないが)。


 河川という自然にかかわり、潤いばかりでなく地域経済の振興もになうという考えはまだ日本にはないように思える。むしろ中小河川は都市、地方の区別なくブロック積みなどの工法により巨大な排水路と化している。河川だけでなく、公園でも道路でも、作れば終わりで、そのためには耐用年数の長いものを使う。維持管理には手間をかけたがらないのではないだろうか。もちろん公園や道路の植樹帯などの管理は行政ばかりでなく地域でもやらねばならないし、実際私たちの村でも老人クラブや地域ボランティアの方々による管理が行われているところもある。しかし、こんなもの作って誰が管理するのか、とか、作ったらそれっきりで何も管理もしないのなら作らないほうがましだ、といった話も出る場合がある。意識のなさ、行政と住民の意思の疎通のなさばかりがやけに目立つ。河川と行政と住民が地域の産業までも巻き込んで有機的に機能するにはまだまだ長い時間がかかりそうである。





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